ゆるるん自宅警備

大人になりたくない大人のブログです

中流家庭ごっこ

 

こんな事言ったらじいちゃんやばあちゃんに申し訳ないが私の家は貧乏だった。
ハッキリ言って貧乏で小汚い家に暮らしていた。

家が震度3の地震で崩れる夢とか見ていた。

エアコンもなかったし、電子レンジもなかった。

ソファなんて夢のまた夢だった。

マクドナルドにも行ったことがなかった。

このアイテムがある家や気軽にマクドナルドに行ける人を「金持ち」だと思い「○○ちゃんの家はお金持ちでいいよね」と友達に言ったら「うちはお金持ちじゃないよ、中流家庭なんだって」と返ってきた。

中流家庭」の意味を知らない私は「○○ちゃんの家は中流家庭なのか・・・なんかすごいな!私も中流家庭になれば○○ちゃんみたいな生活ができる!」と思い早速家に帰り○○ちゃんの家をお手本に「中流家庭ごっこ」を一人で始めた。

 

まずは「エアコン」だ!

扇風機とうちわをかき集めてエアコンと言う新しい名前をあげた。

名前をあげただけじゃだめだ。じいちゃんもばあちゃんも「エアコン」って呼んでくれない!と思い紙に「エアコン」と書いて扇風機に貼った。

うちわにもマジックペンで「エアコン」って書いた。

これでうちには一人一台以上のエアコンがある事になる。

中流家庭」に近づいた感がある。

そしてソファーだ!これは座布団で代用する。

お客さんなんて店先にしか来ないのにどういう訳か、うちにはたくさん座布団があった。

野暮ったいくたびれた座布団を重ねて手作りソファーを作る。

これだと見た目がちょっとダサいのできれいな布をかけてボロ隠しをしておく。

電子レンジはどうにもならなかった。

代用できるようなものが全くなかったのだ。

電子レンジは店のローストチキンを作る機械に見立てておこう。

○○ちゃんの家ではお父さんがよくワインを飲むらしい。

何とも洒落た家である。

うちにワインなんてあるわけもないので代用するしかない。

色的には「醤油」と「めんつゆ」が一番近い。

でも飲めるわけないので「麦茶」を「ブランデー」と呼ぶ事にした。

なんとなく裕次郎っぽくていいじゃないか!

「ブランデー」をコップに注いで「エアコン」のある部屋まで行き「ソファー」に座った瞬間事件は起こった。

「ブランデー」を持ったまま「ソファー」の上でぐるん!とひっくり返ってしまったのだ。

ただ座布団を重ねただけなので不安定なのは仕方ない。

「背もたれを忘れていたなぁ・・・」と思っていたら麦茶を頭から被ってビショビショになった私を見てばあちゃんは「何やってんの!」と怒鳴りつけ私にゲンコツをお見舞いした。

ゲンコツをされて説教をされた私は「何やってんの!」と言う質問に「中流家庭ごっこをしていました」と答えるしかなかった。

当然「馬鹿なことしてないで片付けなさい!全くもう!」といつも通りのセリフを聞いた。

ばあちゃんは店先にいるじいちゃんに「あの子はどうして馬鹿なんだろう・・・どこで育て方を間違えたんだろう・・・」と嘆いていた。

じいちゃんは「中流家庭ごっこかぁ・・・そいつはよかったな」とけらけら笑っていた。

仕事の合間にじいちゃんが「おい!中流家庭ごっこっつーのはどうやるんだ?」と聞いてきた。

なので「エアコン」を使い「ソファー」に座って「マクドナルド」を食べると教えた。

マクドナルドっつーのを食うと中流家庭なのかぁ」と言ってお金をくれた。

「これで中流家庭になってこい!」と言われた私は500円玉を握りしめてマクドナルドに走った。

初めてのマクドナルドは大人の雰囲気がした。

当時はメニューも今みたいに多くなく結構シンプルなメニューでした。

ハッピーセットなんて無くてドリンクの種類も少なかった。

金額もお高めだった。気軽に行こうって言う感じではなかった。

当時のメニューはこんな感じ↓

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当時ハッピーセットがあったら迷わず買っていたと思う。

おもちゃが付いてくる食べ物なんて「グリコ」位しかなかったのだ。

みんな色々なものを買ってトレーに乗せて好きな席に行って座っていた。

このメニューを見てドキドキしながら「チーズバーガー」を買った。

その時の気分はハッピーセットだ。

 

チーズバーガーを買った私はお釣りとチーズバーガーを持ってスキップで家に帰った。

「これで中流家庭を味わえる!」とルンルン気分だった。

返って袋を開けたら部屋の中に一気にマクドナルドの香りが広がった。

半分じいちゃんにあげようと思ったが「俺はいらない、そーゆーのはじいさんが食うもんじゃねぇんだよ」と言ったので全部一人で食べた。

チーズバーガーはものすごく美味しくてあっという間にお腹の中に入っていった。

チーズバーガーの包み紙を丁寧に折りたたんで14インチのテレビの上に飾った。

中流家庭の人はしょっちゅうこんなに美味しい物を食べているのか・・・」と衝撃だった。

ばあちゃんはマクドナルドの匂いを嗅いで「あ!あんた何か買ってもらって食べたね!晩御飯食べられなくなるよ!」と怒っていたけど、中流家庭の味を知ってしまった私は店の売れ残りの夕食を食べる気になれなかった。

チーズバーガーの包み紙は次の日の朝には無くなっていた。

多分ばあちゃんが捨てたんだろう。

昨日のマクドナルドは夢だったんじゃないか?と思った。

 

それからも私の「中流家庭ごっこ」は続いた。

中流家庭ごっこ」をしている私を見てじいちゃんはいつもけらけら笑っていた。

ばあちゃんは「あの子は馬鹿だ・・・情けない・・・」と言っていつもぶつくさ言っていた。

じいちゃんは「貧乏っつーのはいいぞぉ!失うものが無いからな」と言って貧乏のメリットをあげたけど私は「貧乏でよかったなぁ」などと思う事は一度もなかった。

色々な工夫をしたけど貧乏は貧乏のままだった。

小汚い家は小汚い家のままだった。

 

大人になってから「電子レンジ」をよそからもらい、「エアコン」も導入された。

何処から拾ってきたのか分からない「ソファー」もあった。

あれだけ憧れた家電や家具が今そこにあるのに、うちはいつまでも貧乏で小汚いままだった。

そんな小汚い家での出来事を旦那に言うとビックリされる。

旦那は子供の頃から1000円もらうとマクドナルドでハンバーガーを何個も買う「中流家庭」の家に育っていたのだ。

ハンバーガーの包み紙もぐしゃぐしゃにしていて捨てていたらしい。

折りたたんでテレビの上に飾ったりしなかったらしい。

私の「中流家庭ごっこ」の内容を話すと「・・・なんかかわいそう。」と同情される。

でも今の私は「貧乏だけどなかなか楽しかったよ」と答える様になっていた。

貧乏を経験したから今のありがたみが分かるってもんだ。

何もなくても遊べたし、想像力と妄想力は「中流家庭ごっこ」によって随分鍛えられた。

無駄にポジティブに考えるのも「中流家庭ごっこ」のおかげだろう。

この無駄なポジティブさと無駄な明るさを見て「あいつは便所の100ワット」と言われたこともあった。

昔も今も私の頭の中は「ハッピーセット」なのかもしれない。

大人になって結婚して「中流家庭ごっこ」の必要がなくなった私は「もしも一つだけ願いが叶うなら・・・ビルゲイツと年収を交換してほしい。それがダメなら油田と天然ガスプラントが欲しい」と願うようになった。

金はいくらあったって邪魔にならないもんだ。

もし私が金持ちになったら井戸を掘りまくり、世界中にチーズバーガーを配りたい。