ゆるるん自宅警備

大人になりたくない大人のブログです

じいちゃんのタバコ

前にも書いたがじいちゃんはヘビースモーカーだった。

私はタバコの煙の中で育ったと言ってもいいと思う。

昔は子供でもタバコが買えた時代なので「おい!これでタバコを買ってきてくれ、お釣りはやるよ」と言って自売機まで走った。

当時タバコを買ったお釣りは80円位あったと思う。

ちゃんとした金額は覚えていないが1000円出せば4箱位は買えたのだ。

当時私はタバコを買いに行くのが好きだった。

お釣り欲しさにせっせと買いに行った。

じいちゃんは「セブンスター」とか「マイルドセブン」を吸っていた。

マイルドセブン」は今では「メビウス」と言う名前になっている。

「セブン」が好きなのか?と思ったが、タバコを途中で買えた理由は私だったらしい。

「セブンスターを買ってきてくれ」と頼んだのだが私が間違って「マイルドセブン」を買ってきたらしい。

その日から「マイルドセブン」を吸っていた。

じいちゃんからしたらタバコは吸えるので大したことない問題だったのだろう・・・。

 

じいちゃんのタバコを吸う姿はいつでもどこでも見た。

店でも吸うし、テレビを見ながらも吸う、運転しながらも吸うし、枕元にも灰皿がある位だ。

じいちゃんがタバコの火を消すのはちょっと特殊だった。

じいちゃんの右手の人差し指は第一関節のさきっちょがないのだ。

子供の頃、糸車で作業していて指を巻き込んでしまったらしい。

でもしばらくしていたら硬い爪が指の先端を覆うように生えてきたみたいで他の人より丈夫だった。

タバコの火を爪でぐりぐりと消すのを見て子供の私は心配になり「熱くないの?」と聞いた。

じいちゃんはボケーっとしながら「熱くないよ、でも他の人は熱いかもなぁ・・・」と答えていた。

そんなじいちゃんのタバコを消す人差し指はカッコいいと思っていた。

じいちゃんの側に居て私がつまらなさそうにしていると「おーい、見てろよ」と言ってタバコの煙で輪っかを作って見せてくれた。

私が笑うと絵本に出てくる煙突の様に次々に輪っかを作って見せてくれた。

私は「もう一回やって!」と何度もじいちゃんにリクエストしていた。

じいちゃんは笑いながら何度も私のリクエストに応えてくれた。

 

当時世間は今みたいにタバコに対して厳しくなかった。

電車でも吸えたし、駅に灰皿もあったし、車に灰皿は標準装備だった。

分煙」なんて言葉もなかったし病院でもタバコが吸えた。

学校の先生も職員室で吸っていた。

今では信じられないけどそんな時代は本当にあった。

じいちゃんは毎日2箱も3箱も吸っていた。

それを疑問にも思わなかったし、当たり前の光景だった。

うちの人間は、ばあちゃん以外みんなタバコを吸っていた。

近所のおじさんもみんな吸っていた。

タバコのポイ捨てなんてみんな平気でしていた。

携帯灰皿なんて聞いたこともなかった。

世の中の変化でタバコの自動販売機で「成人である証明」が必要になってからはじいちゃんはタバコのカートンを置くようになった。

 

タバコのせいなのか?じいちゃんは肺がんになった。

周りの人間は「あぁ・・・やっぱりな・・・」と思っただろう。

じいちゃんは医師から禁煙を余儀なくされた。

でもじいちゃんはタバコをやめれなかった。

なかなかタバコをやめられない気持ちはよくわかる。私も喫煙者だからだ。

タバコが当たり前にある家で育ち、私も自然に何の疑問を持たずに喫煙者になっていたのだ。

きっとじいちゃんも何の疑問も持たずに喫煙者になったんだろう。

何の疑問も持たずに喫煙者になっても、禁煙する時にはそれなりに理由がある。

じいちゃんはばあちゃんの監視中は禁煙しているふりをしていた。

でもちょこちょこ隠れて吸っていたみたいだけど私は何も言わなかった。

文句を言う人間は一人でいいと思ったし、喫煙者にあれこれ言われても説得力がないと思ったから。

ある日出かけて帰ってきたじいちゃんが私の目の前でポロっとタバコを落とした事があった。

じいちゃんが「しまった!!」と言う顔をしたのを私は見逃さなかった。

その光景を見つけたばあちゃんが「ちょっと!お父さん!あんたタバコ吸ってるの!!先生からあれだけ言われたのに!!どうなのよ!!」と怒鳴り散らしたのだ。

その時のじいちゃんは「車を運転するな!」「タバコを吸うな!」「癌なんだから!」と色々言われ続け出来ることも少なくなってきて精神的にも不安定になってきている。

これはまずい!と思った私はとっさに嘘をついた。

「ごめん・・・これ私のタバコなんだ・・・」と言ってじいちゃんのタバコを拾った。

そしてポケットにタバコを突っ込んだ。

ばあちゃんは怒りながら「それ本当にあんたのタバコなの?あんたのタバコは緑色じゃなかったっけ?」となかなか鋭い事を言う。

「私のタバコ最近パッケージが変わったんだよね。じいちゃんはさっきガム噛んでたよ」と更に嘘をついた。

ばあちゃんは「それならいいけど・・・あんたもタバコやめなさいよ!あんただってタバコ吸ってたら肺癌になるよ!」と私もまとめて怒られた。

ばあちゃんが怒鳴っている間、じいちゃんは私の後ろで小さくなっていた。

ばあちゃんがエビの様にぷりぷりと怒って買い物に出かけた時にじいちゃんに「はいコレ」と言ってタバコを渡した。

じいちゃんはバツの悪そうな顔をして「孫に庇ってもらうようになっちまったなぁ・・・」と言った。

 

じいちゃんと二人でばあちゃんに隠れて一服した。

「あのさ・・・タバコやめろとは言わないし私が言える立場じゃないけどさ・・・ばあちゃんが口うるさいのはやっぱり心配なんじゃない?ばあちゃんじいちゃんが癌って言われた時すごい動揺してたよ、これから抗がん剤始まるなら具合悪くてタバコ吸いたいとも思わなくなるんじゃないかな?あんまりストレス溜めるのは良くないから無理しないでね」と言った。

じいちゃんは何か思いつめた顔をして「俺はなぁ・・・あと5年なんだよ・・・どんなに頑張っても5年が限界でお迎えが来ちゃうらしんだよ・・・俺は兵隊から帰って来て貧乏を抜け出したくて寝る間も惜しんで働いたんだよ・・・子供が3人生まれてよぉ・・・孫も生まれて・・俺はおじいちゃんになって・・・その孫もあっという間に成人してしちまってよぉ・・・車の運転するようになって・・・俺が孫の助手席に乗るなんて昔は夢にも思ってなかったなぁ・・・今はこうして母さんに怒鳴られて庇ってもらうようになっちまったなんて・・・情けないなぁ・・・ははっ・・・」と弱音を吐いた。

そして何か決意した様な顔をして私の手に「マイルドセブン」を渡してきた。

「コレは?」と聞くと「もういい・・・お前にやる」と言った。

 

その日からじいちゃんはタバコをやめた。

タバコを辞めたじいちゃんはよく「タバコを吸う夢」を見るらしい。

夢の中でタバコに火をつけ思いっきり吸ってしまって「しまった!!」と思いそこで目が覚める。

そんな夢を繰り返し見たらしい。

じいちゃんが「タバコの夢」と「抗がん剤」で苦しんでいる時ばあちゃんの予言通り私も癌になった。

私も周りから「あぁ・・・やっぱり・・・」と思われていたと思う。

私が癌になった時はまだ病院の外の敷地内に灰皿がある状態だった。

禁煙外来」がまだメジャーになってない頃だった。

癌の宣告を受けた私は「どうせ癌なら・・・どうせ死ぬなら好きに生きたい」と思い自分勝手に生活した。

癌の手術が終わった後も灰皿のある場所に行って一服した。

「どうせ死ぬんだ・・・」と言う気持ちが強かったのだ。

ばあちゃんは私を慰めることなく電話で「あんた!タバコやめたんでしょうね!」と毎回強い口調で言ってきた。

その時じいちゃんの気持ちが本当の意味で分かったのだ。

医師からは「もうできない事」ばかり言われる。

どう頑張っても今までとは違う生活がそこに待っている。

誰かにこの気持ちをぶつけたくてもぶつけられない。どうにもならない感情。

この先に待っている過酷な治療。考えるだけでもうんざりしてしまう。

そんな中いくら心配だからと言って怒鳴られても嫌な気持ちしかしないのだ。

「大丈夫?心配だから辛いだろうけどタバコやめてね・・・」と言われていたらやめていたかもしれない。

ばあちゃんはじいちゃんが癌になり孫も癌になって余裕がなかったんだろう。

毎日電話で「あんた!!しっかりしなさいよ!!大丈夫なの!?」と怒鳴るように電話をしてきた。

ある意味ばあちゃんなりの愛のムチだったのだろうけど私は辛くて自分に言い訳をつけて逃げた。

 

じいちゃんも私も逃げ道は「酒」ではなく「タバコ」だった。

一服すると何故かホッとする。

その一瞬を欲しくてまたもう一本手を伸ばしてしまう。

私もじいちゃんもお酒は得意な方ではなくベロベロに酔っぱらう事はないのだ。

記憶が吹っ飛ぶほど酔っぱらってみたいと何度願ったか分からない。

そんな事を思いながら一服していたのだ。

以前ブログにも書いたが、私はこのあたりで「じいちゃんのパジャマ事件」を起こしてじいちゃんに会う事は無くなった。

私は一人で抗がん剤に向き合った。

抗がん剤を受けている時は気持ち悪くてタバコどころではない。

そんな次元じゃないのだ。きっとじいちゃんも同じだっただろう。

抗がん剤で苦しんでもじいちゃんは意識がなくなるまで「タバコの夢」を見続けたらしい。

「今日はタバコの夢を見なかった・・・」とか「今日はタバコの夢を見た・・・」と朝毎日ばあちゃんに言っていたらしい。

じいちゃんが亡くなった時私は「反省文」と「メビウス」と「マッチ」を棺に入れた。

当時の「マイルドセブン」だ。

ちゃんと封を開けて取りやすいように入れた。

思えば子供の頃はじいちゃんの誕生日によくタバコをプレゼントした。

200円から300円位だったので子供の私にも買える金額だったのだ。

大人になるにつれてタバコをプレゼントする事がいつのまにか無くなっていた。

まさか最後のプレゼントがタバコになるとは思っていなかった。

「これでタバコの夢を見なくていいよ。あっちでゆっくり気兼ねなく一服してね」と言った気持ちだ。

 

葬儀も終わり居なくなったじいちゃんの部屋から封の開けてないタバコが見つかった。

メビウス」では無く「マルボロ」だった。

当時ばあちゃんに怒鳴られた時に言われた「緑のタバコ」だ。

どんな心境でじいちゃんが買ったのかは分からない。

仲直りをしたかったのか?私が先に死んだら棺に入れてくれようとしたのか?単なる気まぐれなのか・・・。

私はそのタバコを自分のポケットに突っ込んだ。

そしてコンビニに行って「メビウス」をもう一回買った。

じいちゃんの仏壇の前で「メビウス」と「マルボロ」一本づつ取り出しタバコに火をつけた。

 

癌になっても好き勝手生きた私のタバコ事情は少し変わった。

「やめなくてもいいんじゃない?」なんて言われる事もあったが無理せず自然の流れで私は外出する時タバコを持ち歩かなくなった。

喫煙できる場所が少なくなったおかげである程度我慢が出来るようになったのだ。

喫煙ルームは服に匂いが付くのでできれば入りたくない。

家では吸うのか?と言ったら壁紙が汚れるので部屋では吸わない。

でもベランダでぼーっと考え事をしながら1日3本はまだ吸ってしまう。

部屋ではプルーム・テックを使い、ゲームをする時はキシリトールガムを噛んでいる。

私はじいちゃんの様にスパっとやめることが出来ずに何でもダラダラと引きずり過ごしてしまう。

今でも目を閉じるとじいちゃんの姿を正確に思い出せる。

少し猫背でぼーっとしている雰囲気でちょっとだけ寝癖が付いている。他の人より少しだけ短い人差し指には「マイルドセブン」が煙をあげている。

昭和と平成を駆け足で生き抜いたじいちゃん。

なんだかんだでじいちゃんの生き方はカッコよかった。