ゆるるん自宅警備

大人になりたくない大人のブログです

じいちゃんとの勝負

私が免許を取ったのは成人してから・・・。

18歳で免許を取る場合は保護者の同意が必要との事だったので成人して自分でお金を貯めて取った。

その頃じいちゃんが車を買い替えると言って「ついでにお前の車も買ってやる」と言われた。

それまでのじいちゃんの愛車はトヨタの「チェイサー」と言う車だった。

物凄く古い車で色々と壊れて来たのでそろそろ買い替えようかぁ?と思っていた時、知り合いの個人タクシー運転手さんが買った車を見たみたいだ。

その車がとても豪華でカッコよかったので同じのを買いたいと思ったらしい。

ちなみにじいちゃん昔の人なのでローンが嫌いな現金一括払い派。

私の車も現金で買えばたくさんおまけしてくれると言う。

じいちゃんは日産のティアナと言う車を買おうと見積もりを取っていた時についでに私に日産マーチを買ってくれようとしていたのだ。

マーチなら人気だし、申し分ない車だ。初心者の私にはもったいない車だろう。

カルロス・ゴーンと日産の販売員に「いりません」などと言えるわけない。

「は?何が不満なの?」と言われたら「何も不満はありません」と言うだろう。

私は言いにくかったけどじいちゃんに「車は自分で買うよ」と言った。

じいちゃんはビックリして「何でだ?この車じゃ嫌なのか?」と聞いてきた。

嫌なわけではない。むしろ欲しい。

でもその時はじいちゃんに買ってもらったら「あそこの孫は甘やかされてる」とか言われちゃうかも・・・と思ったのだ。

じいちゃんは「せっかくなんだから一緒に買えばいいのに・・・ナビもつけてやるって言ってるのに・・・」とぶつくさ言っていた。

「じいちゃんありがとう!」と素直に言えばいいのかもしれない。

でも私は近所の人たちが「どこそこさんちのお孫さん、免許取ったらおばあちゃんが○○って言う高い車買ってあげたんだってぇ~」と言う井戸端会議を私は小耳に挟んでいたのだ。

次の噂の対象になりたくなかった。

 

私は程度のいい中古の10000キロから20000キロ以内の「ホンダ FIT」と言う車を3年ローン組んで買った。

1500㏄のFITなので軽より税金は高めだけど、教習車と同じような感覚で乗れると思ってそれにした。

ばあちゃんはいつまでも「買ってもらえばよかったのに・・・」と言うけど自分の物なんだからこれでよかったんだと思う事にした。

私がもたもたと車を探していたので、偶然にもじいちゃんの車の納車と私の車の納車時期は同じ月だった。

じいちゃんはニコニコしながら「お前の車と俺の車・・・どっちが長く乗れるか勝負だな!」と言った。

ばあちゃんは近所の人に「あの子はお父さんが買ってやるって言ってたのに自分で車買っちゃった・・・。」とじいちゃんの優しい気持ちを無視した子みたいに言っていた。

 

じいちゃんはティアナに初めてのナビを付けて感動していた。

「ほぇ~、ちゃんと道を案内してくれるのかぁ~。すげぇなぁ。どっから俺の事見てるんだろうなぁ・・・」と言っていた。

そして「おいお前、フォームって言うのとムーブって言うの知ってるか?」と聞くので「ムーブってダイハツの車?」と聞いたら「いや分かんねぇけどよ・・・このナビはムーブじゃなくてフォームならナビにつけて話せるらしいんだ」と言ってきた。

「ナビにつける」「話せる」「ムーブ」「フォーム」これらのキーワードを集めると「携帯電話」が浮かび上がった。

きっと「フォーム」と「ムーブ」は「FOMA」と「mova」だろう。

「あぁ、これはね携帯電話を繋げると両手を離した状態で電話が出来るんだよ!でもじいちゃんの携帯はmovaだから機種変しないと使えないかも・・・」と教えた。

「お前のやつは使えねぇのか?」と言うので「私のはauINFOBARだから差込口が違うんだよね・・・」と答えたら「きしゃへんってやつは何処で出来んだ?」とどうしても新機能に興味津々。

DoCoMoショップに行けは新しい携帯電話が買えるよ」と言ったらじいちゃんはそのままセルを回してエンジンをかけて私を乗せたままDoCoMoショップに車を走らせた。

 

DoCoMoショップに着きお姉さんに「きしゃへんでフォームってやつをくれ!」と言った。

お姉さんが困った笑顔をくれたので「FOMAの機種に変更したいんです」と言ったら「番号札でお呼びしますのでそれまで機種を選んでいてください」と言った。

待ち時間じいちゃんと携帯電話を選んだ。

簡単携帯みたいなのを進めたが「俺は母さんみたいなのじゃなくて、もっと・・・こう・・・何だ・・・カッコイイやつが欲しいんだ!」と言って最新型の携帯電話を選んだ。

文字通りカッコイイやつを選んだじいちゃんは機種変を済ませさっさと家に帰って駐車場に止め携帯電話を車に繋げた。

そう都合よく電話がかかってくるわけもないので私がじいちゃんのカッコイイ携帯電話に電話をかけた。

車のスピーカーから「プルルルル」と呼び出し音が鳴るのでじいちゃんはワクワク顔で「おぉ!すげえなぁ!これどうするんだ?」と言うので「ハンドルのボタンを押すと通話ができるんだよ。押してみて」と言ったら「コレか?あれ?あれ?ボタンがいっぱいあるなぁ・・・」とモタモタしている。

ハンドルを見ると確かにボタンが何個かある。

音量ボタンの横に通話ボタンがあったので「ここ押してみて」と言ったら「お・・おぅ・・これか?・・・もしもし・・・おぉ!つながったな!」とはしゃいだ。

運転席と助手席じゃ1メートルも離れていないので繋がった意味もないなぁと思い、私は家の中に入ってみた。

「じいちゃんどう?」と電話で聞いたら「おぉ!これすげえなぁ!」とご満悦。

「でも通話ボタン忘れちゃうかもしれねぇなぁ・・・」と言うので通話ボタンにシールを貼った。

カッコ悪いけど運転中にモタモタしたら危ない。

トヨタと日産の違いで「給油口のボタンはどれだ?」とか「トランクの開け方がわからない」とかに戸惑いながらもじいちゃんは嬉しそうにティアナの説明書を読んでいた。

じいちゃんは新しいカッコイイ携帯電話と新車のティアナで毎日生き生きしていた。

 

数年後、私のFITのローンも終わる頃だった。

家でテレビを見ていたら「ガラガラガラガラガラガラ・・・」と何かがうちに近づいてくる音がする。

ばあちゃんと顔を見合わせて「何?・・・この音・・・」と言っていたら家の前で止まった。

窓から外を見たらじいちゃんのティアナがクワガタみたいになっていた。

「どうしたのこれ?」と聞いたら「あぁ・・・電気屋の立体駐車場の柱にぶつけたんだ・・・」と言った。

ぶつけたと言うレベルじゃなくて追突レベルだ。

「じいちゃん!ケガは?」と言ったら「俺は何ともない・・・」と言っていたがエアバックまで開いている。

「警察は?」と聞いたら「柱は何ともなくてよぉ・・・そのまま出て来たんだよ」と言った。

よく駐車場の警備員が通してくれたもんだ。私はその電機屋に車を走らせた。

当て逃げみたいになってるし、柱だってどうなっているか分からない。

その電気屋に行って立体駐車場を見てみたがどこにもぶつけた痕跡がない。

本当にここなのか?と思ったくらい何もないのだ。

跡もないんじゃどうしようもないと思い家に帰った。

じいちゃんは物凄く落ち込んでいた。

ティアナが奇跡を起こしじいちゃんを守ってくれたとしか考えられないこの状況でかけてあげられるいい言葉が思いつかずに「修理お願いしようか・・・」と言ったら、うなだれたまま「おぅ・・・電話してくれ・・・お前との勝負・・・負けちゃったかな・・・」と言った。

ばあちゃんは無神経に「もう年なんだから!いい加減そろそろ車は引退しろって事だよ!全く命がいくつあっても足りないよ!お父さんの心配しかしてないよ!」と落ち込んでいるじいちゃんにトドメを刺した。

「俺・・・もう高齢者教習なんだよなぁ・・・おじいちゃんだもんなぁ・・・まだまだ若いと思ってたけどよぉ・・・年なんだよなぁ・・・」と言って当時の「マイルドセブン」を吸った。

私は何も言えずにじいちゃんの右手から上がる「マイルドセブン」の煙をただじっと眺めた。

じいちゃんは1日に2箱も数ヘビースモーカーだ。

いつでもどこでもタバコを吸う。そのじいちゃんがティアナの中だけは吸わなかったのだ。

じいちゃんがティアナを大切にしていたのは誰の目から見てもわかる。

どうにかしてあげたいと思った。

私は恥ずかしいけど「ガラガラガラガラガラガラガラガラ・・・・・」とクワガタになったティアナを日産に走らせた。

日産の人は「どうしたんですか?」とビックリして駆け寄ってきた。

傍から見たらじいちゃんの大事な車をぶつけた孫に見えただろう。

事情を説明したら「最近の車は衝撃を吸収してくれますからね・・・結構見た目が派手に潰れるからビックリしますよね・・・おじい様お怪我が無くて本当に良かった・・・すぐに直りますよ」と言ってくれた。

 

しばらくじいちゃんのティアナは入院してピカピカになって戻ってきた。

じいちゃんはニコニコ顔で「どこぶつけたか分かんねぇなぁ!よし!勝負は続行だぞ!」と言った。

ばあちゃんは「全くもう!また心配しなきゃいけないのかね!馬鹿なじいさんに馬鹿な孫を持つと命がいくつあってっも足りないよ!」と言っていたが、気をよくしたじいちゃんが「回転寿司に行こう」と珍しく提案したので3人でティアナに乗って回転寿司に行った。

ばあちゃんは回転寿司に行けると分かった瞬間文句を言わなくなった。

回る寿司を見ながら3人でお腹いっぱい食べた。

3人でティアナに乗る時間はいつも楽しかった。

 

じいちゃんは癌になってもティアナは手放さなかった。

乗らなくなってもいつも駐車場にあった。

「俺の最後の車なんだ」と言っていつも眺めていた。

じいちゃんが亡くなってティアナは私が乗ろうかとも思ったがセダンの税金を払えるわけもないので人に譲ることにした。

じいちゃんのティアナは親戚のおじさんが乗ると言ったのでばあちゃんと車内を掃除した。

掃除をしていたら飴やガムが大量に出て来た。

タバコを吸えない分これで我慢していたんだろう・・・。

そして「平成17年8月ティアナ50キロスタート、フィット20000弱スタート」と書いてあるメモを見つけた。「勝負開始」のメモだった。

ばあちゃんが「あの時ね・・・あんたがお父さんに自分で車買うって言ったときね・・・お父さんが言ってたよ・・・「寂しいけど嬉しい」って・・・「それだけ成長した」って言ってたよ・・・「もしあいつが車をダメにした時は俺が買ってやるんだ」って張り切ってたんだよ・・・」と当時の事を教えてくれた。

じいちゃんが亡くなったのは平成23年8月だ。

私とじいちゃんの「勝負」はちょうど6年で終わってしまった。

6年分の色んな思い出を乗せて親戚のおじさんの所にティアナを運んだ。

ティアナはその後も親戚のおじさんの所で活躍した。

今でも「ティアナ」を見ると思い出すし考える。

カワイイ孫になって「マーチ」を買ってもらっていたら・・・じいちゃんは「孫に新車を買ってやったんだ!」と言って自慢できたかもしれない。

「じいちゃん!ありがとう!」と言って甘えればよかったのかもしれない。

今私は駅の近くに住んでいるので車を持っていない。

もし次、車を買う時があったら「マーチ」を買おうかと考える時もある。

お金や税金の事を考えて「軽自動車」にしてしまいそうな気もするが、私にとって「マーチ」は気になる存在だ。

カルロス・ゴーンがまるっと形を変えなければ買ってしまうかもしれない。