ゆるるん自宅警備

大人になりたくない大人のブログです

じいちゃんとザリガニ

じいちゃんは畑を借りていてその畑のすぐ側に小さい川が流れていて私はよく川遊びをした。

川と言ってもとても浅くて大人の足首よりちょっと上位の水の量。

子供の私が転んでも溺れない位の川だった。小さい頃はメダカもいたしザリガニもいた。

畑仕事を手伝うと言ってついて行き、手伝うと言うよりは畑で遊んでいた。

サクランボの木もあったし、ミカンの木もあった。

たくさんの野菜や果物を育てていてじいちゃんの畑。

喉が渇けばミカンを食べたりお腹が空いたらトマトを食べたりして気ままに過ごしていた。

私にとって畑はビュッフェみたいなもんだった。

 

時間が流れじいちゃんも年を取り、私も大人になった。

じいちゃんは毎日せっせと畑に行っていたが、大人になった私は気が付いたら畑に行かなくなっていた。

でもふとした瞬間に畑の事が懐かしくなり気まぐれで久しぶりに畑に一緒に行くことになった。

周りの景色はだいぶ変わっていたが、じいちゃんの畑は昔からの姿そのままで何も変わっていなかった。

ミカンの木もサクランボの木も昔より小さく見えた。私の背がそれだけ伸びたのだろう・・・。

昔と違うのは真面目に畑仕事を手伝っていること。畑仕事も結構楽しいものだと知った。

昔から作業が終わったら汚れた手を川の水で洗うと言う習慣だったので畑の横の川に行った。

手を洗おうとしゃがんだ時に川の底で何かが動いた。

「何かいる・・・」と思って川の底をじーっと見たらザリガニだった。

もう昔の様にザリガニもメダカも見なくなってしまい、ペットショップで売られる時代に何だか嬉しくなった。

じいちゃんに「ほら見て!!ザリガニだよ!!」と言ったら「だからどうしたってんだぁ?」と興味なさそうな返事しか返ってこなかった。

「今ザリガニって売ってるんだよ!こないだ800円で売ってたよ」と言ったとたん「あれが800円もすんのか!?」とザリガニに対する意識が変わったようだ。

そうそう、いい反応だね!その反応が欲しかったの。

「メダカだって売ってるんだよ」と言ったら「メダカも売ってんのか?その辺に泳いでるだろ!」と川を見たがメダカはいなかった。

「するってぇと、あれ捕まえたら800円の価値があるって事だよな?」と言うので「まぁ、そう言う事になるかな?」ととりあえず答えておいた。

 

するとじいちゃんがもたもたしながら川の中に手を伸ばしザリガニを取ろうとした。

800円だと思うと捕まえたくなるのが人間だ、じいちゃんの気持ちはわかる。

でもザリガニもそこまで馬鹿じゃない。ザリガニもザリガニなりに考えて一生懸命生きているのだ。

予想通りザリガニは素早くサササっと華麗にじいちゃんの手をかわし岩陰に隠れた。

じいちゃんはイラっとしたのか「俺はこう見えても子供の頃魚取りが得意だったんだ!」と訳の変わらない自慢をして靴下と靴を脱いでザバザバと川の中に入った。

もうこうなったら誰もじいちゃんを止められない。

800円の価値があるけど800円で売れるわけじゃないと言いたかったが川遊びもなかなか面白そうだったので私も靴下を脱ぎ川に入ってみた。

 

川底の泥がにゅるん・・・って足と足の指の間を通る感じが何とも懐かしい。

私が懐かしんでいる間もじいちゃんは岩陰を木の棒で一生懸命つついてた。

ザリガニは空気を読んだのか、木の棒っきれで突かれるのが不快だったのか分からないがサササっと出てきた。

じいちゃんが「ほらそこだ!」と叫び私に指示を出すころにはまた岩陰に隠れる。

こんなことの繰り返しだ。

じいさんと大人の孫が二人で川に入りあーでもないこーでもないと騒いでいるのは周りから見たら何事だと思うだろう。

それでも私は楽しかった。じいちゃんはザリガニが捕まえられなくて悔しそうだった。

 

数日後じいちゃんは「お前が言ってた事・・・本当なんだな・・・」と言ってきた。

何の話だと思ってよくよく聞いてみたらわざわざザリガニを見にペットショップに行ったらしい。

本当に800円で売っているのかどうしても気になったのだろう。

東京のど真ん中ではカブトムシもクワガタもザリガニもメダカも売っているのは当たり前の時代になったのだ。

じいちゃんの世代の人には信じられないのだろう。

私も「ペットショップにハエが売ってるよ」と言われたら迷わず本当かどうか確かめに行くだろう。

驚きレベルではきっと同じ位だ。

 

ザリガニショックが強かったのか、じいちゃんの靴下はちょくちょくぐっしょり汚れ、濡れて洗濯物のかごに投げてあった。

きっと一人で川に入ってザリガニチャレンジをしているんだろう・・・。

どこかの知らないじいさんが毎日川でザリガニを捕まえようとしている姿を想像すると何だか不気味だが、自分のじいちゃんだと思うと何だかかわいく思えて来るから不思議なものだ。

でもここで「はいザリガニ買ってきたよ」ってするのと訳が違う。

じいちゃんはあくまで自分の手で捕まえたいのだ。

ザリガニに振り回されてるじいちゃんも大変だが、ばあちゃんは「靴下の汚れがちっとも落ちない!」といつも機嫌が悪かった。

ザリガニ800円の事をじいちゃんに言わなければよかったかなぁ?と悩むときもあったが、じいちゃんは生き生きしていたのでそれはそれで良しとした。

 

それからしばらくしてついにじいちゃんはザリガニをついに捕まえて帰ってきた。

どうやって捕まえたかは知らないがよほどのんびりしていたザリガニだったのか?こんなじいさんに捕まるなんて・・・と思ったが口には出さない。

私もばあちゃんも色んな意味で「おぉ~」とだけ驚いておく・・・だが誰もザリガニの飼い方を知らなかった。

とりあえずザリガニは生け花に使うオシャレな陶器に入れられ下駄箱の上に飾られた。

うちにはザリガニを飼うようなアイテムが一つもなかったのだ。

まさか本当に捕まえて来るなんて思わなかったから誰も用意なんてしていなかった。

餌も何をあげていいか分からなかったがばあちゃんはザリガニにパンの耳を小さくちぎってあげていた。

 

今ならスマホでパパっと調べればザリガニの飼い方なんていくらでも出てくるのだが、当時の私の携帯電話はauの初代INFOBARを使っていた時代で、ADSLが主流、ひかり回線は一部の金持ちが契約するものだと思っていたし、TwitterもなければWikipediaもない。
今ほど情報が多くなく検索しても写真は少なく文字ばかり、私の車のナビゲーションもDVDナビと言う今では化石みたいな物を「ナビ付けたんだぁ!」と言って誇らしげに見せていた・・・そんな時代。
わざわざパソコンを起動したり図書館に行ってまでザリガニの事を調べたいとは思わなかった。

 

ザリガニも快適な川からこんな何にも準備していない小汚い家に連れてこられるとは夢にも思わなかっただろう。

苦痛になったザリガニは予想通り脱走した。ザリガニが居なくなった事に気づいたじいちゃんが大騒ぎをして3人で家中探した。

ばあちゃんは不満そうに「なんで私がこんな事しなきゃいけないんだ」とぶつぶつ言いながらも手伝っていた。

散々家中引っ掻き回して探した結果、ザリガニは埃まみれになってタンスの裏に隠れていた。

もう脱走しないようにとじいちゃんの手によってザリガニは生け花の陶器の入れ物から深さのあるラーメンのどんぶりに入れられた。

何とも言えない光景だった。

うちに訪ねてくる人はラーメンどんぶりにちょこんといるザリガニを見て「え?食べるの?」と聞く。

そりゃそう聞きたくなるだろう。

それでもじいちゃんは毎日どんぶりのザリガニを嬉しそうに眺めていた。

私も仕事から戻ると玄関のザリガニを眺めた。

 

どんぶりザリガニは2週間で死んでしまった。

環境も整っていなかったし、餌も適当なものしかあげていなかったのならきっとそんなもんだろう。

じいちゃんは「やっぱりダメだったかぁ・・・」と言って死んだザリガニを畑の小川に戻した。

最初からそうすればよかったのだが、じいちゃんの心の中にある「少年の遊び心」が許さなかったのだろう・・・。

その後住人不在となった空のラーメンのどんぶりはずっと玄関にあり、気が付いたらメダカが入っていた。

じいちゃんが近所の子供が飼いきれなくなったのを引き受けてしまったらしい。

メダカはあっという間に卵を持ち増えた。

どんぶり一個じゃ収まりきらなくなり、2リットルのペットボトルを切って作ったじいちゃんオリジナルペットボトルメダカ水槽が家中のあちこちに置かれるようになった。

まだアナログ放送でまだブラウン管だった我が家のテレビの上にまでペットボトル水槽は置かれた。

じいちゃんとばあちゃんは居なくなったザリガニの分までせっせとメダカに餌をあげていたがいい加減手に負えなくなったので地域の小学校に皆引き取って貰った。

ペットボトルで買うよりは学校の教室や池に行った方がメダカも幸せってもんだろう。

 

それからもじいちゃんはケガしたスズメを拾って連れて帰って来てしまったり、畑に迷い込んだ猫にお腹が空いているだろうとお昼ご飯のいくらのおにぎりをあげてしまったり・・・色んな意味でハラハラさせられた。

今思うとじいちゃんなりの優しさや愛情だったのだろう・・・。

ザリガニの一件から色んな事があったが今でもじいちゃんが川でザリガニを取る姿を想像すると思わず笑ってしまう。