ゆるるん自宅警備

大人になりたくない大人のブログです

勇者の傷は勇敢な傷

 

癌ってやつは素晴らしい人達の命をあっという間に奪ってしまうんですね。

まずイメージがよくない。癌=死って真っ先に結び付く。

でもここで癌の事を書くようになったのは「癌になった私でも生きてるよ」と伝えたかったから。

 

7年前私は癌になった人の記事やブログを読み漁りました。

あまりにも情報が少なくてやっと見つけたブログでも闘病生活が辛いのか?記事が更新されてなかったりで不安な思いをしました。

癌を発症して何年後・・・って言う記事は残念ながらありませんでした。

 

無理もないでしょう・・・私も実際7年経過してからこのブログを始めました。

癌になって本当の意味で受け入れるまでにかなりの時間を使いました。

頭では「大丈夫」と思っていても心が付いていかなかったりするんですよね。

「もし再発しても余命がある・・・いきなり死なない・・・」とか言って無理やり大丈夫って思おうとしてるんです。

 

傷口見るたびに「あぁ・・・」とため息をついたり「ほかの人とは違う」と言う自分が嫌になったり「何で私なの?何か悪いことした?」と嘆いたりしました。

大切な人たちも次々に癌で失った悲しみからまだ立ち直れていなかったんです。

 

そんなある日一人の女性と会いました。

ベトナムから来た女の子、私は慣れない英語で彼女と友達になりました。

彼女が私に聞いてきました。女性なのに胸が無いのは病気なの?と・・・。

私は癌についてカタコトの英語で話しました。

すると彼女は「Brave'wond!」と言いました。

どんな言葉の意味だろう・・・と思い辞書を引いたら「勇敢な傷」「勇者の傷」と言う意味みたいです。

勇者の傷・・・かっこいいじゃん!

友人はアマゾネスの話を私に教えてくれました。

私の様な傷を持った部族が居ると・・・

 

気になった私は早速図書館に行きアマゾネスの本を探しました。

ギリシャ神話に登場する女性だけの部族。

その国は女性しかいなくてどの女性も大変美しかったそうです。

アマゾネスの女性は幼いころに胸を切除してしまうんです。

狩りをしたり戦闘の時に弓を引くために胸が邪魔になると言う理由です。

アマゾネスが使っている弓は日本の弓道みたいな大きな弓じゃなくて、ジブリもののけ姫に出てくるアシタカが持っているような小さめの弓でした。

そして子孫を残すためだけに男性と交わり、子を宿して子供が男の子だったら殺してしまったり、手足を切除して奴隷にしたりしていた。

子供が女の子だった場合「後継者」となり戦術を教えて胸を切除する。

アマゾネスには男性は必要なく、男性は子供を作る為だけの存在でした。

アマゾネスの女性は大変強くて1人で10人分の戦闘力を持っていた・・・なんて記事もありました。

 

奴隷の事はビックリしたけど、強くたくましい・・・そんなアマゾネスと私の病気の傷を重ねてくれた彼女にに感謝した。

私の周りの人は憐みの目を向けたりで癌の事には触れなかった。

彼女は私の病気を聞いても態度を変えなかった。

それに自ら望んで切除するなんて考えた事なかった。

狩りの為、戦闘の為ではないけれど私の傷を病気と闘った「勇敢な傷」「勇者の傷」と言ってくれた彼女。

これからは癌の手術の傷じゃなくて勇者の傷と呼ぼう!と思ったらちょっと傷口の事を好きになれる予感がしました。

私はもちろんアマゾネスではないけれど彼女の言葉は宝物になった。

侍だって敵の大将首を取ったんだ。癌は私の敵だったんだから切除するのは何も間違っちゃいない!

 

強く優しくたくましく癌に負けないように生きようと私の癌に対する見方を変えてコソコソ生きるのはもうやめようと思いました。

別に癌でもいいじゃないか!別に悪い事してるわけじゃない!

過去は変えられないけど、自分次第でこれからの未来はいくらでも変えられるじゃん!と無駄に明るく考えてみたら私の世界は変わった。

 

その日から「癌大丈夫?」などと聞かれても「あぁ、これ?これは勇者の傷だから全然大丈夫!この傷は勝利の証だから!」と言ってみました。

聞いてきた相手は少しビックリした様子でしたがニコッと笑い「何か思ったより元気そうで安心した、実は何て言葉をかけていいか分からなかったんだ」と言いました。

実は相手も対応に困っていたみたいです。

そりゃそうだろう、逆の立場なら私も困るだろう・・・。

きっと今まで会った人達は憐みの目ではなく「何て言ってあげたらいいんだろう・・・」と言う気持ちだったのかもしれない。

 

古代の日本人は言葉に宿る霊を信じて「言霊」と言っていた。

発した言葉通りに結果を表す力があるのならば使わない手はないでしょう。

私も運よく日本人だから言霊は使えるはず・・・。

古代の日本人はなんて素晴らしい記録を残してくれたんだと私は古代の日本人に感謝した。

 

そこからの私は結構ポジティブな人になったと思う。「言霊」を信じたのだ。

「大丈夫かなぁ・・・」ではなく「私ならきっと大丈夫!」に変えた。

辛い検査で心が折れそうな時も「癌の手術の時大丈夫だったでしょう?私ならきっと大丈夫だよ!」と言って乗り越えた。

今の私の松岡修造並みの蒸し暑さはその時からなのかもしれない。

 

癌じゃなくても病気やケガと闘った傷はみんな勇者の傷。

見せびらかす必要はないが、恥ずかしい事でも隠す事でもない。

頑張っている人はみんなかっこいい!