ゆるるん自宅警備

大人になりたくない大人のブログです

今でも後悔してる事

私が癌になった時、じいちゃんも癌治療中だった。

 

ばあちゃんはじいちゃんの看病だけでいっぱいいっぱいだったので私は実家で治療しなかった。

 

抗がん剤が終わり少し落ち着いた頃、誕生日プレゼントを買い実家に居るじいちゃんの所に行った。

 

毎年誕生日プレゼントを渡していたので、「今年は何にしようかな?」「これに合うかな?」「喜んでくれるかな?」などと期待に胸を膨らませて実家に行った。

 

毎年じいちゃんには洋服をプレゼントしていた。

 

すごく喜んでくれて「これは孫にもらったんだ」などとあちこちで自慢してくれているらしく、ご近所さんから「おじいちゃん喜んで見せてくれたよ」など言われて嬉しかった。

 

所がその日だけは違った。

 

実家に行っていつも通り「はい!お誕生日おめでとう!気に入ってもらえるといいけど・・・開けてみて!」とプレゼントを渡した。

 

じいちゃんは私を睨みつけて「二度と来るな!早く出ていけ!とっとと帰れ!」と怒鳴られた。

ぽかんとした私は状況がつかめなかった。

 

「なんで?私何かした?どうしちゃったの?」と聞いても「お前の顔なんか見たくない!早く出ていけ!」としか言わない。

 

ばあちゃんが「お父さんどうして?この子がせっかくプレゼント持ってきてくれたのに!かわいそうじゃない!」と間に入ると「おまえは黙ってろ!」ととにかく怒る。

 

しまいにはプレゼントをぶん投げられた。

 

事情が全く掴めない、何故怒ってるのかもわからなかった。

 

 

泣きそうになった時、ものすごい怒りを感じた。

 

「なんなのさ!理由も言わないで怒鳴るなんてひどいじゃない!私が何したって言うの?」と声を荒げて怒った。

 

「もうお前の顔なんて見たくないんだよ!さっさと帰れ!帰らないら俺が出ていく!」と言って出て行ってしまった。

 

私はプレゼントを抱えて泣いた。

 

私なりに一生懸命選んだパジャマだった。

 

入退院を繰り返しているじいちゃんはパジャマで生活する時間が増えたのでちょっとお高いのを背伸びして買った。

 

色んな思いが頭を駆け巡り、怒りの頂点を感じた私はプレゼントをぐしゃぐしゃに開け、裁縫箱からハサミを取り出しカーディガンを切り刻んだ。

 

何もかも消したくなったのだ。

 

「これがいいかな?あれもいいかな?」などと選んでた自分が馬鹿みたいに思えた。
ものすごくみじめな感じがした。悲しかった。

 

店員さんにアドバイスをもらって選んだ自分、ラッピングを選んでた自分、ウキウキしていた自分。

 

そんな自分を消したかった。記憶を消したかった。

 

去年と変わらない誕生日をお祝いしたかった。

 

ばあちゃんはビックリして私を見つめ泣いていた。

 

ばあちゃんに「なんかどうしていいかも分からないし、もう限界だ・・・ごめん」と言ったら私の背中をさすり「いいんだよ・・・いいんだよ・・・」と慰めてくれた。

 

私は帰ってから考えても怒鳴られた理由が分からなかった。

 

ばあちゃんは私が切り刻んだパジャマををあえてちゃぶ台の上に置いておいたらしい。

 

じいちゃんは黙って捨てていたそうだ。

 

「もう帰るのやめよう、自分の事だけ考えよう」と思い治療を続けていた時、ばあちゃんから電話があった。

 

「じいちゃんがトイレで倒れて意識不明の重体だ」と・・・

 

急いでじいちゃんの病院に行くと「肺気腫が破裂したみたい・・・一時は心肺停止になっちゃったんだけど・・・このままだったら植物状態になっちゃうかもって・・・」とばあちゃんが説明し始めた。

 

私は「なんてことをしてしまったんだ・・・このままさよならなんて嫌だよ・・・まだ謝ってない・・・」とカーディガンの事を後悔した。

 

待合室で座っているとじいちゃんの妹が来た。

 

「体調はどう?」と声をかけてくれて「抗がん剤が終わり、まだ体調は戻りませんがなんとか・・・髪の毛もまだ生えなくて・・・」なんて話すと「実はね・・・」と話し始めた。

 

「あなたが癌になった時、兄貴がうちに来て泣いたんだよ・・・「俺より先に死んだらどうしよう」って泣くの。「俺の遺伝かもしれない、俺のせいだ、俺はあいつが死ぬのを見たくない!あいつの顔を見るのが怖い!俺はどうすればいいんだ!」ってね・・・。兄貴が泣くの初めて見たの。」

 

じいちゃん怖かったんだ・・・それに治療辛かったんだ・・・私なんてことを・・・と思っていた。

 

「あなたプレゼント渡したんだって?その次の日も兄貴うちに来たんだよ。「ひどい事を言って追い返してしまった。でも笑ってるあいつを見れなかった。怖かった。」って・・・。いくら何でも追い返すはないよね」と言ってくれたので私も自分の気持ちを話した。

 

頭に一気に血が上ったこと、どうしてあんな事をしたのか今でも分からないこと、そしてすごく後悔していること・・・

 

「それはね、兄貴もあなたも治療で余裕がなかったんだよ。癌の治療しているんだもん仕方ないよ。すごく苦しい治療で精神状態がおかしくなっても仕方ないよ。兄貴はさ、「俺が癌じゃなかったら帰ってこれるんだろうに・・・」って罪悪感持ってたみたい。二人とも仕方なかったんだよ」

 

この言葉を聞いた後お礼を言って帰りました。

 

ネットでどうしたら目を覚ましてくれるんだろう?目を覚ましたらちゃんと「ごめんなさい」を言おう!と思いパソコンを見てると「出来るだけ話しかけた方がいい」「動けなくて目を閉じていても耳は聞こえている可能性がある」「手や足に刺激を与えるとよい」こんなことが書いてありました。

 

次の日私はオルゴールを持って病院に行きました。

 

ベットの横でオルゴールを鳴らすと看護師さんに「あら、とてもいいわね。おじいちゃんにもっと聞かせてあげて」と言ってくれました。

 

じいちゃんの手を触ると固まってるけど温かかった。

 

時々目を開けるけど、意識が戻ったわけではないみたいです。

 

「体が勝手に反応してるだけ」と言われた時はがっくりしました。

 

「また来るね」と声をかけ帰りました。

 

頻繁に病院に行きました。

 

リハビリの先生が体をマッサージしたりしてもじいちゃんは目を時々開けるけど話すことはありませんでした。

 

2週間が経過し「もう目を覚ます可能性は非常に低い」と告げられました。

 

じいちゃんと二人きっりの病室でじいちゃんの横に座り「ごめんなさい・・・あの時・・・ひどいことをしてごめんなさい。喜んでほしくてプレゼントしたのに酷いことしちゃって・・・じいちゃんの気持ち考えてなくて・・・ちゃんと謝りたいのに、もう意識戻らないとか・・・なんで?・・・ごめんなさい。」と声になってなかったけど謝りました。

 

「ううぐ・・・ごぇ・・あぁご・・・」とじいちゃんが声を出しグッと目を開けました。

 

「え?うそ!やっぱり聞こえてたんだ!耳は聞こえてるんだ!そうなんだよね!ね!」と言ったらまた目を閉じて何も言わなくなりマスクの「シューシュー」と言う音だけが響きました。

 

 

それが私が最後に聞いたじいちゃんの最後の声でした。

 

蝉が鳴く夏の暑い日、じいちゃんは旅立ちました。

 

 

じいちゃんの顔を見ていると今にでも「おはよ」と言って起きてきそうな感じがしました。

 

淡々と葬儀の準備が進む中私は最後の手紙をじいちゃんに書きました。

 

その手紙はお別れの時棺に入れました。

 

「いい孫じゃなくてごめんなさい。ひどいことしてごめんなさい。人に優しくします。誰かの役にたてるようにします。癌に負けないようにします。だから安心して天国へ行ってください。時々夢に出てきてください。49日の旅が終わったらゆっくり休んでください。」こんなことを書きました。

 

あの時自分の怒りが抑えきれなくなってあんな事をしてしまい、今では怒ることが怖くなってしまいました。

 

今思い出しても後悔します。

 

あの時あぁしていれば・・・こうしていたら・・・そんな事を思い悩む日もありました。

 

でも夢に出で来るじいちゃんはいつも笑顔です。

 

じいちゃんは許してくれたのかな?

 

じいちゃんの教えてくれたたくさんの言葉を口に出しながら私は今日も生きています。

 

じいちゃんが癌を持って行ってくれたの?って思う時もあります。

 

きっとそうだ。そう信じようよ!と自分に言い聞かしてじいちゃんが教えてくれた「ことわざ」を口ずさみます。

 

「後悔先に立たす!笑う門には福来る!」