ゆるるん自宅警備

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私の乳癌奮闘記その2(抗がん剤編)

私の乳癌奮闘記その1の続きになります。

 

一時退院をして抗がん剤治療を受ける覚悟を決めた私。

女性で抗がん剤治療を受けるにあたって一番気になるのは「髪の毛が抜ける」事じゃないでしょうか?

見た目的に一番ダメージがきますよね。

 

私はボトボト抜け落ちる髪の毛を見たくなくて坊主にしました。

 

抗がん剤は全部で6クール(6回)ですが、途中で耐えられなくなりやめてしまう方もいるらしいです。

 

私は通院で抗がん剤を受けることにしました。

当時一人暮らしでしたが、一人暮らしの自由気ままな環境の方が抗がん剤の苦しみもまぎれると考えたんです。

両隣のご近所さんに事情を話したら「病院に入院していると気が滅入っちゃうものね、何かあったらいつでも来て、困った鴇はお互い様よ」と優しい言葉をかけてもらいました。

何かあったらすぐに入院できるようにと玄関に入院グッズをまとめて置いておきました。

 

初めての抗がん剤の日、緊張と不安に潰されそうになりながら病院へ行きました。

最初に血液検査をして一時間待ちます。

一時間で結果って出るんですね。

検査結果が通ったら通院で抗がん剤を受けている人の病室に案内されます。

横になりしばらくしたら医師が抗がん剤を打つために点滴の針を刺しに来ます。

 

五種類の点滴が用意され、12345と点滴の順番が決まっていて抗がん剤は3番目の点滴で色が真っ赤でした。

他の点滴は吐き気止めだったり、ポカリみたいなのだったりらしいです。

1番目と2番目の点滴をゆっくり終えたらいよいよ抗がん剤

 

「もう後にはひけないんだ」と深呼吸をして抗がん剤が点滴の管を流れていくのを見ました。

 

ちなみにあの時の抗がん剤の名前なんだったかな?と思い調べたら「ファルモルビシン」と言う名前の抗がん剤が出てきました。

忘れることのないあの印象深い「赤」がスマホの画像で出てきました。

 

真っ赤な抗がん剤が血管の中に入った瞬間がわかりました。

ものすごく痛いんです。

腕全体にとげとげした何かが転がっていくような痛みが走るんです。

抗がん剤は5分位で私の体に入って行きます。

なるべく早く抗がん剤を体に流さなければいけないみたいです。

 

5分間腕の痛みに耐えたら4番目の点滴、5番目の点滴をゆっくり打ち終わったら処方箋を受け取り一回目の抗がん剤治療は終わりです。

 

吐き気止めを点滴と処方箋の薬をもらってるけど、医師からは「覚悟はしておいてください」と言われ帰宅しました。

帰りにスーパーで1週間位の食材を買い込みます。

ゼリー、アイス、スポーツドリンク、レトルト品。

具合が悪くても自力で食べれるものです。

冷えピタなんかも買いました。

この時までは調子が良かったです。

 

でも抗がん剤を打ち終わり役3時間から4時間後「それ」は来ます。

 

何とも言えない吐き気、だるさ、ぐるぐると目が回るような思い。

気持ち悪くてトイレに行っても吐けない。

食欲もない。熱も出ます。血尿も出ました。

じっと具合悪いのを耐えるしかありません。

スポーツドリンクとアイスとゼリーで2週間後の受診まで過ごしました。

 

2週間後血液検査します。

白血球の数値に問題なければ次週の抗がん剤予約を取ります。

 

1クール目は無事終了しました。

ちなみにお会計は保険証を使って36000円位でした。

このお金は医療費控除などを使えば後から多少戻ってくるみたいです。

当時余裕がなくこの仕組みをわかっていなくて後から役所の通知で知りました。

 

 

2クール目。

髪の毛は2クール目が終わった後位に抜けると聞いていました。

もうすでに坊主にしていたので思い残すことはありません。

治療用の帽子も購入しました。

 

血液検査を済ませ、抗がん剤を受けるために病室に行く前に「スポーツドリンク」を買いました。

この「スポーツドリンク」が結構大事です。

 

1回目の抗がん剤の時は緊張で何も口にしていなかったのですが2回目の抗がん剤からはスポーツドリンクを飲みながら抗がん剤を打てば後々楽になる事がわかりました。

 

 抗がん剤を打っている時3.11がありました。

その時は外がどうなっているかも知らずに過ごしました。

「おっきな地震があった」位にか感じてなかったんです。

病院なので予備の電気はあったんですね。

点滴なので電気を使ってないので5番目の点滴を終えて病院を後にしました。

 

外に出て信号が消えていました。

「あれ?消えている」位にしか思っていませんでした。

田舎に住んでいたのであまり車の通りもなく営業しているスーパーがありそこで食材調達をして帰りました。

今思えばラッキーでした。

 

家に帰ってから異変に気付きました。

電気が付かない、お湯が出ない。テレビもつかないから情報がない。

状況がつかめないし、あと少ししたら「それ」が来てしまう。

「それ」がきたら動けなくなる。

 

車に行きナビをテレビモードにして唖然としました。

事の重大さにやっと気づきました。

 

暖房も使えないので布団にくるまってただただ電気が戻ってくれと願ってその日を過ごしました。

 

2回目の抗がん剤を受けて3日目髪の毛が抜けました。

 

坊主にしていても1か月1センチくらい伸びるんで抜けた時すぐにわかりました。

ごそっと抜けます。

 

その日を境にどんどん抜け始めます。

この時にはガスと電気が戻っていたのでお風呂に入って頭を洗うとじゃんじゃん抜けます。

 

ビニール袋を持って入らないと詰まってしまうくらい抜けます。

 

髪の毛だけじゃなくて体毛も抜けます。

 毛と言う毛が抜け始めます。まつ毛や眉毛、鼻毛まで抜けます。

 

 朝起きると枕に抜けた髪の毛がごそっと落ちています。

ぜひ枕元にコロコロを置いてください。

 

髪の毛がほとんどなくなったけど、一部抜けきらない髪の毛がでてくるんですよね。

初めて「床屋さん」に行き、事情を話して残ってる毛を剃って欲しいとお願いしました。

 

頭がつるつるになったその日からシャンプーは使わなくなりました。

つるつるになった頭皮にシャンプーはよくないです。

頭皮の油分を落とすだけでいいので石鹸が一番いいみたいです。

 

3クール目に入る頃、副作用で爪が真っ黒になりました。

 

体重も増えてしまいました。

「癌になった人って痩せるんじゃないの?」と言う疑問を持ちながら3クール目の抗がん剤を打ちに病院に行きました。

 

この頃「計画停電」があり病院から「今なら血液検査できるから今すぐ来て」など電話がかかってくるシステムになっていました。

 

医師に「体重がおかしい位増えたんです」と相談したら「デカドロンと言う名前の薬を飲み薬と点滴で打っているので仕方ない」と言われその薬を使わなくなると今より気持ち悪くなると言うので見た目は気にしないことにしました。

 

抗がん剤の副作用と言う副作用がオンパレードで出ている、辛くなってきた」と告げたら「副作用が強いほど主作用も効いてる。もう少し頑張ってみて」と言われたので気を取り直し3クール目の抗がん剤スタートしました。

 

いつも通りスポーツドリンクを買い飲みながら抗がん剤を打つ。

血管痛も「5分だけ・・・5分だけ頑張って」と自分をふるい立たせて耐えます。

とりあえず無事3クール目の抗がん剤は終わりました。

 

その後お昼にサンドイッチを食べた時奥歯が折れました。

歯や骨がもろくなっているんでしょう。

歯医者さんに行っても治療は出来ないと言われました。

抗がん剤治療が終わって、白血球の数値が落ち着いてからじゃないとできないと・・・

 

3クール目以降はハッキリ言ってよく覚えていないんです。辛すぎて・・・。

 

まつ毛も完全になくなり埃っぽい所で目を開けられない、鼻毛も無くなったのでくしゃみや鼻水が止まらない。

 

折り返し地点まで来た喜びはあるけれど体が悲鳴をあげる。

熱は常に出ていて、皮膚も黒くなり、爪は真っ黒、女性の月の物も無くなりました。

 

4クール目を受ける頃には白血球を増やすための注射を3日間続けて打たなければいけなくなり、採血も血管がボロボロになっているので取りづらくなり私はわずかに残ってる気力だけで動いていました。

いっそのこと楽にしてくれ・・・と一人で泣いた日もありました。

 

5クール目からは苦しみに耐える事しかできませんでした。

ご近所の方が「おすそ分け」と言って食事を作ってくれたのを食べたりして「頑張ろう」と思うけど体が付いていきませんでした。

私には放射線やホルモン治療が無く抗がん剤だけでした。

 

今は苦しくても抗がん剤が未来を作ってくれると願って6クール目を終え私の抗がん剤治療は終わりました。

最後の抗がん剤を終えた感想は「やれることは全てやった・・・やっと終わった」でした。

癌と診断され2つの季節が過ぎ、文字通り「死ぬ思い」で抗がん剤治療を受けました。

 

途中でリタイアしてしまう人の気持ちも分かりました。

 

25歳と言ったらみんな楽しく遊んだり、仕事したり、結婚し始める友達が居たり・・・

何で私だけ?神様は理不尽だ!などと言うという気持ちもありました。

 

大震災もあり思うように治療も進まない時もありました。

 

6クール全て終えた私の見た目はだいぶ変わり、鏡には映った自分に「ずいぶん醜くなっちゃったね」と話しかけたときもありました。

 

抗がん剤を受け始めてからはあまりに苦しくて「このまま寝たら明日は目覚めないんじゃないか?」と思いながら眠り、朝目が覚めたら「今日も起きれた、今日も生きてる」と安心する毎日でした。

 

明日があるって当たり前ではない事、明日があるって奇跡なんだという事。生きていることの難しさ。

 

明日があると信じて生活しているのは人間だけと言うことを知りました。

 

 

「これからは見た目や病気で離れていく人とは距離を置こう、癌になった自分でも変わらず接してくれた人を大切に毎日精一杯生きていこう」と心に決めました。

 

 

毎日癌の記事だと気が滅入ってしまうので明日はいつもの記事になります。

またお暇があれば覗いてください。

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