ゆるるん自宅警備

大人になりたくない大人のブログです

私の乳癌闘病記その1

今回のブログは乳癌、乳房手術について書いていこうと思っています。

 

乳癌の話ですが男性にも読んでもらえたら嬉しいです。

女性に生まれた以上、癌になる可能性は誰にでもあります。

男性の乳癌もあります。

大切な人が乳癌になってしまった時に少しでも私の体験が役に立てれたらと思いブログに書きました。

 

以前アンジェリーナ・ジョリーさんが乳癌の予防摘出手術をしてテレビで話題になりましたね。

私も乳癌になり片方全摘出手術を受け、残っている乳房も予防的乳房切除手術を受けました。

 

でも日本ではまだ予防切除手術を受けてる人も少なく、当時情報がなかなか集まらず手探り状態でした。

 

今現在、私の乳房は両方ともありません。

 

そんな私の癌発症から現在までを書いていきます。

 

 

発症から手術まで・・・↓

 

私が癌になったのは25歳です。

お風呂に入ろうと思い服を脱いだら片方の胸が少しポコッと盛り上がっていました。

触るとコリコリするけど押しても痛くないんです。

「なんだろうなぁ?」位にしか思いませんでした。

当時乳がん検診のお手紙は30歳以上の方に届く物と思っていましたし、「女性特有の癌」と言うものがあまり世間に出ていなかったんです。

その時はあまり気にせずお風呂に入って胸のしこりの事は忘れてしまいました。

 

でも日に日にしこりは大きくなり、1週間後には鏡に映った自分の片方の胸が明らかにいびつな形になっていました。

下着をつけようとしてもしこりが邪魔をして片方だけ胸がはみ出てしまうんです。

さすがにおかしいと思い町の総合病院に行きました。

 

ちなみに乳癌は「外科」か「乳腺外来」で対応してくれます。

大学病院だと「乳腺外来」に案内される事が多いです。

私は「婦人科」だとばかり思っていました。

 

私の行った病院では「外科」で対応してくれました。

 

問診表に記入をして診察室に入り医師に胸を見せた瞬間顔色が変わり、すぐに色々な検査の予約を取ってくれました。

 

その時医師に言われた事は「癌の可能性が非常に高い、今出来る検査から受けてください」でした。

 

その日は血液検査、病理検査、マンモグラフィーを受けました。

マンモグラフィー検査を受けた時、初めてしこりに痛みが走りました。

それほどしこりが大きくなっていてしまったんです。

 

病理検査は乳房のしこり部分に局部麻酔をして針を刺し、しこりの細胞取る検査です。

ピストルみたいな形をしていて針を刺すとき「カシャン!」とちょっと大きな音がします。

少しビックリしたし、怖かったけど麻酔が効いてるので痛みはありません。

横になって腕を上げた状態で針を刺すので、顔を反対方向に向けておくほうがいいです。

見ると怖くなって動いてしまいます。

 

一週間後、病理検査の結果「充実腺管癌ステージ3b」と診断されました。

 

ちなみに私は医師に「診断結果は自分で聞きたい」と強く希望したので検査結果は一人で聞きました。

 

急いで手術が必要だと、転移している可能性が非常に高い事、あまり考えている時間はない事が告げられました。

妙に落ち着いてしまっていてドラマの様に泣き崩れたり取り乱したりはしませんでした。

 

ちなみに「診断された病院で手術を受ける」か「国立がんセンターで手術を受ける」が選べました。

 

一応がんセンターにも足を運びました。

ここからは個人の意見です。

がんセンターでは癌の患者さんしかいません。

がんセンターの医師は毎日癌患者さんを専門に診察、手術しています。

いい意味でも悪い意味でも癌に慣れています。

「手術は1か月後位にしようか?」とか平気で言います。

 

癌になった人は「これからどうしよう」「私は死んでしまうんではないか?」「不安で仕方ない」「抗がん剤打ったら髪の毛抜けちゃうんじゃないの?」とか色んな事を考えます。

なのでがんセンターに行くと「何で?平気な感じで話すの?」とか「何か冷たい」とか思う人も多いです。

がんセンターの医師は「癌」だけを診て「癌」だけを治療します。

 

一通り癌の治療が終わったら地域の病院に戻らなければいけません。

癌の手術の傷跡が膿んでしまったとかは地域の病院やクリニックに行くように言われます。

癌の術後検診もがんセンターではなく地域の病院に行くことになります。

もし再発してしまったらがんセンターに戻るような感じです。

↑私が過去に聞いたがんセンターの情報です。現在は変わっている可能性あります。

 

 

結果私はアフターケアもしてくれる町の総合病院にしました。

 

再建も視野に入れたカンファレンスを受けましたが、私の場合リスクが付くといわれ再建はやめて、乳房全摘手術を受けることに決めました。

 

初診から手術日までかかった日数は20日

不安もありましたが現実味がないのが正直な気持ちです。

 

手術日には看護師さんに「目が覚めて不安になった時ビデオを見たいからiPodを枕元に置いといてほしい」とお願いして手術室に入りました。

 

どれくらい時間がたったのか、目が覚めた時約束通り枕元にiPodが置いてありました。

窓の外は雪が降っており、私の体はぐるぐるに包帯が巻かれていました。

 

「あぁ・・・本当に無くなってしまったんだ」と言う気持ちと「あぁ、手術は終わったんだ・・・」と言う安心感。

二つの複雑な感情が混ざり私の手術は成功しました。

 

 

 

面会について、ここからは私の場合です↓

 私は入院中医師や看護師さんにお願いして「面会謝絶」と部屋の扉に貼って貰いました。

約束もしないで術後すぐにお見舞いに来てくれた方にうんざりしてしまったのです。

 

「25歳だから癌って進行がはやいんだよね」「かわいそうに・・・」「もう今のうちから好きなことして悔いを残さない方がいいよ」などと言われるのが辛かったです。

 

憐みの目で見られるのが辛かった。

術後の不安定な精神状態を全て逆なでされるような思い。

何よりも私はここに居てちゃんと生きている。

 

「誰とも会いたくない、頼むから誰も入れないでくれ、たとえ家族でも入れないでくれ」とお願いしたらすぐに「面会謝絶」になりました。

 

術後は「体を休める」「心を落ち着かせる」「現実を見る」「今後の辛いであろう治療に対する覚悟を決める」「リハビリをする」など私の中でたくさんやらなきゃならない事があるのです。

 

それに「甘え」も怖かったんです。

「死」と言う言葉が頭の中をちらつくと心が壊れそうになる。

そんな時家族や友達に会うと八つ当たりをしてしまうんじゃないか?

八つ当たりしてしまう位ならなら一人でじっとしていよう。

これが私の中の答えでした。

「面会謝絶」の紙は退院するまで私の部屋の前に貼られていました。

 

 

取った癌細胞を病理検査に回した結果、癌の大きさは6センチ、リンパに12個転移、ステージは4にかなり近い3bでした。

ステージ3bにしては癌の顔つきが悪いとのことでした。

 

ステージ4と言ったら最近の記憶では小林麻央さんが「ステージ4」と言われていましたね。

ちなみにステージ4は一般的に5年生存率は30%と言われているらしいです。

 

手術後二日くらいからリハビリが始まります

胸、リンパを切除しているので腕があがらないんですね。

少し動かすだけでも激痛が走ります。

でもここでリハビリを続けなければ腕が固まって上がんなくなってしまうらしいです。

私の場合は壁に線が書いてある紙を貼って、腕を少しづつあげ記録をつける。

 

子供の頃、背比べをしたみたいに紙に線を引き日付を書く。

毎日毎日繰り返す地味なリハビリでした。

 

結果、手術後11日で退院しました。

 

抗がん剤を受けない場合5年後の生存確率は保証出来ない、抗がん剤を受けるか受けないか答えを次の受診日までに出して欲しい」と言われ退院しました。

 

頭では受けなきゃ死ぬのは分かっている、でも確実に苦しむのも分かってる。

手術後のメンタルで考えるのは重い内容だ。

息つく暇もなく次の治療の段取りに入らなきゃいけない。

 

桜が咲き始める頃、抗がん剤を受ける覚悟を決めた私はその日にバリカンを買って坊主して髪の毛とさよならをした。

 

 

 

癌の記事ばかりだと気が滅入るので明日はいつもの記事に戻ります。

 

抗がん剤については明後日記事をアップしようと思っています。

 

お暇があれば覗いてやってください。

 

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